柳さんの告白






学校に行くのがとても億劫だ

柳はめずらしくそう思った。

学校が嫌いなわけでもない。

少し人付き合いが苦手なだけだったが、

学べる場所は自分を向上させるにはいい所だとわりきっている。

昨日、いつものように真田との帰り道に柳がいった一言が原因だった。

柳自身が起こしたことだと分かっていても、考えるだけでも気が滅入る。

「考えても仕方ないな」

柳はいつも通りに電車に乗り、隣の駅で真田が乗るのを待つ。

「おはよう、蓮二」

「あぁ、おはよう。弦一郎」

昨日のことなど何もなかったように挨拶し、普段通り会話をする。

柳は気まずさを感じながらも、気にしていない真田に少し安心した。



授業を終えた柳は部室へと向かう。

黙々と着替える中、柳に幸村が声をかけた。

部室には2人しかいなかった。

「ねぇ、柳。真田のこと好きなんだろ?」

言わなくても分かるよ。

そう付け加えた。

「大したものだ。俺はそんなそぶりを一度もしたことがないのだが・・・」

幸村は以前から様々な恋愛事情には詳しく、

他の生徒から異性とわず相談も多く、今では密かにキューピットといわれているとか。

そんな幸村には柳はいつか気づかれるのでは思っていた。

「それで、告白した?」

少し嬉しそうに幸村は柳の返事を待っている。

柳は黙ったまま、口を開こうとしない。

「・・・本当なら何も言わないつもりだったんだがな・・・」

それ以上何もいわず、柳は部室を出て行った。

「・・・柳・・・」

気落ちしている柳を見て、幸村も気持ちが静かに沈んでいくのを感じた。





部活の最中、練習試合を終えた真田がベンチにいる幸村の元へ戻っていく。

「真田」

幸村は試合の余韻をまだ残している真田に声をかけた。

真田は試合で何かミスでもしたのか、と思いながら返事を返した。

ほかのメンバーはまだ練習試合をしている。

柳も仁王と対戦中だった。

「何かあったのかい?」

突然にそういわれ、真田は声に詰まった。

「今の試合、いつもとは少し微妙に違っていたよ。まるで平静を装うみたいに・・・」

幸村は少し厳しい表情を浮かべた。

「原因は柳かい?」

幸村はさらに言葉を続け、真田が<柳>の名前に反応したのを見逃さなかった。

それでも真田は声を発することもなく、しばらく黙っていた。

幸村ははぁ〜と少し溜息を吐きながら、困った顔をした。

「真田は真面目だから、相談しにくいだろうけど・・・力にはなれると思うよ」

幸村はそう声をかけた。

真田は何もいわずに別の練習に向かった。

「本当に生真面目だよ、真田は・・・」

幸村は真田の後ろ姿を見送りながら、つぶやいた。




部活を終えた誰もいない部室の中で柳は着替えをしていた。

「弦一郎・・・」

想い人の名を呼んでみても、そこにはいない。

昨日の帰り道、柳はほとんど無意識のうちに言葉を発していた。

言うつもりのない言葉を・・・。


―弦一郎、俺はお前が好きだ―


柳は少し前から、真田のことを親友や仲間以上の気持ちが

自分の中にあると気づいていた。

相手は同性で唯一無二の親友でもあるし、本人が柳と同じ気持ちであるとは限らない。

柳は一緒に居られればそれでいいと思っていた。

願わくば、恋人にはなりたいとは思う。

ただ、今の関係を壊してまで、自分の気持ちを伝えようとは思わなかった。

それなのに、柳は告白してしまった。

今でも真田の驚いた表情の後の苦笑いが脳裏に浮かぶ。

その答えを聞かないまま、二人は普段通りに過ごしている。

気まずさと息苦しさの中、答えのない真田に対しての不安が柳を苦しめていた。

ロッカーの戸に顔をうずめながら、自然と涙がこぼれる。

「弦一郎・・・」

柳は小さくつぶやいた。





片付けを終え、真田は部室へ戻ろうとしていた。

その途中、柳のことを思い浮かぶ。

昨日のことが鮮明に思い出される。

親友で仲間である柳から突然の『告白』。

冗談をいう男ではないので本気だということがその表情からも伺えた。

だが、真田は何もいえなかった。

気の利いた言葉も、今の自分の気持ちさえも。

ただ、『告白』に驚き、どうしたらいいのかわからなかった。

その後のことは何も覚えていなかった。

しばらくすると少しづつ落ち着きさを取り戻すと、

柳に対して申し訳ないことをしたのだと感じた。

自分の気持ちも言わず、多分その後も何も言葉も発することもなく別れたのだろう。

そう思いながらも、柳に対する自分の気持ちさえも未だに分からないまま、

現在に至っていた。


部室のドアを開けて中へと入る。

「蓮二」

肩を落としている柳が立っていた。

柳は入ってきた人物が真田だと分かると、涙をぬぐい、笑みを浮かべた。

「弦一郎か、すまない。こんな見っともないところを見せて・・・」

そんな柳の姿に真田の心は痛くなり、まともに顔を見ることができなかった。

「・・・弦一郎・・・昨日のことは・・・忘れてくれ」

「れん・・・じ?」

急に耳に聞こえてきた言葉に真田は柳の真意が分からない。

柳はそのまま、ゆっくりと話つづける。

「俺はお前を困らせてばかりいる。でも俺はもっとお前を困らせようとしている」

肩を静かに震わせ、まともに真田の顔を見ない柳の姿に

真田は言い知れない想いが体を駆け巡るのを感じた。

「弦一郎・・・頼む。俺の側にずっといて欲しい。恋人同士になれなくてもいい。
俺はお前の側にいられなくなるのが耐えられない」

柳は顔を上げると再び、涙を流した。

「蓮二・・・」

その柳の姿に真田は愛しさを感じ、そのままフワッとその体を抱き寄せた。

ビクリと柳の体が震えたが、真田に身を任せる。

真田は流れ出る涙を指でぬぐい、静かに柳の名前をつぶやいた。

そのまま、唇を重ねていた。

柳は驚きながらも、その優しい感触に一瞬、心地よさを感じたが、真田の体を引き離した。

「同情なら・・・やめてくれ、弦一郎」

引き離された体を真田は再び、自分の方に引き寄せる。

「同情じゃない。俺はお前のことが愛おしいと思った。
それがどういう感情かわからんが、蓮二、俺もお前に側にいて欲しい」

真田はそこまでいうと、柳を先ほどよりも強く抱きしめた。

温かいぬくもりと真田の体温が柳の体にゆっくりと浸透していく。

「弦一郎・・・ありがとう。その言葉だけで十分だ」

二人は静かに口付けを交わした。




部室の外で、幸村が様子を伺っていた。

二人がとりあえず仲良くなったのを確認して、安堵を浮かべた。

真田の鈍さ加減にうんざりしながらも、幸せそうな柳の姿に幸村も笑みをこぼす。

そんな幸村の元へ仁王と柳生がやってくる。

「その様子だとうまくいったようじゃの」

「本当に困った男だよ、真田は。もう少しで殴っていたところだ」

「真面目すぎますからね、真田クンは」

柳生はそういうと仁王にお前もじゃ。と突っ込まれた。

「しばらくは二人っきりにさせてあげよう」

幸村はそういうと二人を連れ立って、その場を後にした。













おわり